防災地震消費電力自給電力ポータブル電源太陽光パネルエネルギー管理停電対策在宅避難
地震後の停電で何日生活できる?消費電力プロファイルから自給日数を計算する現実的な方法
👤 いわぶち
📅 2025-12-12 ⭐ 4.8点 ⏱️ 18m
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🎙️ 音声: ずんだもん / 春日部つむぎ(VOICEVOX)
📌 1分で分かる記事要約
- 防災インフラの「何日自給できるか」は、カタログ容量ではなく実効容量と実測負荷から計算する必要があります
- スマートフォン・ルーター・照明など防災時に必要な機器の消費電力は意外と小さく(0.5~1.5 kWh/日)、1000Wh級ポータブル電源で2~3日、太陽光併用で1週間以上の自給が現実的です
- 消費電力プロファイル(時間軸×機器別マトリックス)を作成することで、優先度別の負荷削減シナリオを視覚化でき、実際の停電時の判断が迅速になります
- ポータブル電源の実効容量は公称値の70~80%程度であり、バッテリーのDoD(放電深度)・変換効率・温度低下などを設計に組み込むことが現実的な自給日数推定の鍵です
- 地方在宅避難では、エアコンや電気ストーブのような大型電力機器は諦め、電気毛布・こたつ・小型LED照明など効率的な機器選択により、限られた電源で生命維持と情報取得を両立させられます
📝 結論
防災インフラの自給日数は「感覚」ではなく、実測された負荷プロファイルと時系列シミュレーションから決めるべきです。スマートフォン・ルーター・照明という防災時に本当に必要な機器に絞ると、1000Wh級ポータブル電源と小型太陽光パネルの組み合わせで、現実的には2~7日程度の自給が可能になります。本記事では、その計算方法と設計思想を、エンジニアの実装事例に基づいて体系的に解説します。
はじめに:「何日自給できるか」を理性的に判断する必要性
地震による停電が発生したとき、最初に浮かぶ疑問は「うちの電源で何日持つのか」です。
しかし多くの人は、ポータブル電源やバッテリーのカタログに書かれた容量(例:1000Wh)を見て、「1000Whあれば何日も大丈夫」と楽観的に考えてしまいます。実際には、実効容量は公称値の70~80%程度に過ぎず、家全体の負荷を想定すると数時間で枯渇してしまうのが現実です。
一方、防災工学の文献では「非常時に1人が最低限の生活を維持するのに必要な電力は約0.5~1.0 kWh/人・日」とされています。これは、照明・携帯電話充電・情報取得という「命に直結する」機器に限定した場合の値です。
本記事では、エンジニア視点で「消費電力プロファイル」という考え方を使い、実測データに基づいて「自分たちの環境では何日自給できるのか」を理性的に計算する方法を解説します。
第1章:消費電力プロファイルの基本概念
1-1. なぜ「プロファイル」が必要なのか
防災電源の設計で最初につまずくポイントは、「家全体の消費電力」と「防災時に本当に必要な消費電力」の区別がついていないことです。
通常時の家庭の平均消費電力は、日本全体で約20~30 kWh/日程度とされていますが、停電時に冷蔵庫・エアコン・調理家電をすべて動かすわけにはいきません。
消費電力プロファイルとは、以下の3つの要素を分離して扱う考え方です:
- 機器別の定格消費電力(カタログ値)
- 実際の使用時間パターン(時間帯別)
- 優先度による運用モード(通常時・節電時・緊急時)
これらを整理することで、初めて「何日自給できるか」という問いに定量的に答えられるようになります。
1-2. 防災インフラ設計における単位の考え方
防災電力の設計単位は、従来の「世帯」ではなく「個人」で考えると、より現実的です。
理由は以下の通りです:
- 分散性:各人が独立した小電源を持つことで、故障時や避難時の対応が柔軟になる
- 実用性:スマートフォンやノートPC程度の負荷なら、個人用ポータブル電源で十分自給可能
- レジリエンス:世帯全体で大容量電源に依存するより、複数の小さな電源が機能する方が全体の信頼性が高い
実際、エンジニアの防災インフラ実装例では、「1人あたり500~1000Wh程度のポータブル電源+50~100W級の折り畳み太陽光パネル」という構成が、コスト・重量・実用性のバランスが最も取れているとされています。
1-3. 「実効容量」という考え方
ポータブル電源やバッテリーのカタログに書かれた容量(例:1000Wh)は、理論上の最大値です。実際にAC負荷を動かせるエネルギーは、以下の係数を掛け合わせた「実効容量」として考える必要があります:
$$C_{\text{eff}} = C_{\text{nom}} \times f_{\text{DoD}} \times \eta_{\text{inv}} \times \eta_{\text{BMS}} \times \eta_{\text{others}}$$
ここで:
- $C_{\text{nom}}$ = カタログ容量(Wh)
- $f_{\text{DoD}}$ = 放電深度(通常0.8~0.9)
- $\eta_{\text{inv}}$ = インバータ変換効率(0.85~0.9)
- $\eta_{\text{BMS}}$ = バッテリー管理システム効率
- $\eta_{\text{others}}$ = 待機電力・配線ロスなど
これらを掛け合わせると、実効容量は公称値の70~80%程度になります。
具体例:1000Whポータブル電源の場合
- 標準想定:$1000 \times 0.8 = 800Wh$
- 安全側:$1000 \times 0.7 = 700Wh$
第2章:主要機器の消費電力と使用パターン
防災時に本当に必要な機器は、意外と限定されています。ここでは、実際の消費電力データに基づいて、代表的な機器をまとめます。
2-1. 通信・情報機器
スマートフォン
- 定格消費電力:充電時15~25W程度
- バッテリー容量:一般的なスマートフォンは3000~4000mAh、電圧3.7V換算で10~15Wh
- 1日あたりの消費電力量:複数台充電を想定すると、4台で約0.04~0.06 kWh/日
計算例:
- スマートフォン1台(15Wh)× 4台 = 60Wh
- 防災時は1日1~2回充電と想定 = 0.06~0.12 kWh/日
ルーター+ONU(光終端装置)
- ルーター定格:10~15W程度
- ONU定格:5~10W程度
- 合計:15~25W
- 稼働時間:24時間(情報取得・通信が命綱のため)
- 1日消費電力量:0.24~0.48 kWh/日
これは一見小さく見えますが、24時間継続稼働であることが重要です。停電時にインターネット接続を維持する場合、このベース負荷は無視できません。
ノートPC
- 定格消費電力:30~65W(モデルによる)
- 防災時使用時間:情報収集・連絡用として4~8時間/日
- 1日消費電力量:0.12~0.52 kWh/日
計算例:50W × 6時間 = 0.3 kWh/日
2-2. 照明
LED照明(天井・壁付け)
- 定格消費電力:20~40W(8~12畳相当)
- 使用時間:夜間5~6時間
- 1日消費電力量:0.1~0.24 kWh/日
ポータブルLEDランタン
- 定格消費電力:1~5W
- 使用時間:夜間8時間
- 1日消費電力量:0.008~0.04 kWh/日
防災時の工夫:天井照明より小型ランタンを複数配置する方が、総消費電力が少なくなります。
2-3. 暖房・体温維持
電気毛布
- 定格消費電力:40~80W
- 使用時間:就寝時8時間
- 1日消費電力量:0.32~0.64 kWh/日
- 特徴:省電力で効果的な暖房手段
こたつ
- 定格消費電力:500~600W(強モード)
- 実際の使用:サーモスタット制御で間欠運転、平均30~40W程度
- 使用時間:6~8時間
- 1日消費電力量:0.2~0.3 kWh/日
エアコン暖房
- 定格消費電力:400~900W(外気温・設定温度で大きく変動)
- 防災時の現実:連続運転は不可能。実効容量の観点から、ポータブル電源では対応困難
- 代替案:電気毛布・こたつ・重ね着で対応
2-4. 調理・飲料水
電気ポット(保温なし)
- 定格消費電力:700~1000W
- 1回あたりの消費電力量:約0.1~0.15 kWh(1.5L程度を沸騰させる場合)
- 防災時使用頻度:1日3~4回
- 1日消費電力量:0.3~0.6 kWh/日
電子レンジ
- 定格消費電力:600~1000W
- 1回あたりの消費電力量:約0.05~0.1 kWh(5分加熱)
- 防災時使用頻度:1日3~5回
- 1日消費電力量:0.15~0.5 kWh/日
井戸ポンプ(地方の場合)
- 定格消費電力:100~400W
- 1日あたりの稼働時間:10~30分
- 1日消費電力量:0.05~0.2 kWh/日
2-5. 冷蔵・食料保存
冷蔵庫
- 年間消費電力量:200~400 kWh/年(メーカー・機種で大きく異なる)
- 1日あたり平均:0.5~1.1 kWh/日
- 特徴:コンプレッサーが間欠運転するため、定格値より実消費が小さい
- 防災時の工夫:開閉を最小化し、保冷材を活用することで、実消費をさらに削減可能
第3章:消費電力プロファイル計算の手順
3-1. ステップ1:機器リストの作成
まず、防災時に必要な機器を全て列挙し、以下の情報を整理します:
| 機器 | 定格(W) | 1日使用時間(h) | 優先度 | 1日消費電力量(kWh) |
|---|
| スマホ×4台 | 充電15W | 2回充電 | A | 0.12 |
| ルーター | 10 | 24 | A | 0.24 |
| ONU | 8 | 24 | A | 0.19 |
| LED照明 | 30 | 5 | A | 0.15 |
| ノートPC | 50 | 6 | B | 0.30 |
| 電気毛布 | 60 | 8 | B | 0.48 |
| 電気ポット | 900 | 0.5 | B | 0.45 |
| 冷蔵庫 | 平均80 | 24 | B | 0.80 |
| 合計 | - | - | - | 2.73 kWh/日 |
3-2. ステップ2:優先度レベルの設定
機器を優先度で分類します:
レベルA(絶対優先):
- 通信(スマートフォン、ルーター、ONU)
- 照明(安全確保)
- 小型医療機器(必要な場合)
レベルB(高優先):
- 暖房・体温維持(冬季は生命維持に相当)
- 調理・飲料水
- 情報取得(ノートPC、ラジオ)
レベルC(中優先):
- 冷蔵庫(短期なら代替手段あり)
- 家事機器(洗濯機など)
レベルD(低優先):
3-3. ステップ3:シナリオ別の負荷プロファイル作成
同じ機器リストから、複数のシナリオを作成します:
シナリオ1(通常時):全機器稼働
シナリオ2(節電時):レベルA+Bのみ稼働
- ノートPC使用時間を4時間に短縮
- 冷蔵庫開閉を最小化
- 1日消費電力量:2.2 kWh/日
シナリオ3(緊急時):レベルAのみ稼働
- スマートフォン充電のみ
- ルーター・ONU・最小限の照明
- 1日消費電力量:0.7 kWh/日
3-4. ステップ4:自給日数の計算
実効容量と1日消費電力量から、自給可能日数を計算します:
$$N_{\text{days}} = \frac{C_{\text{eff}}}{E_{\text{day}}}$$
具体例:1000Whポータブル電源(実効容量800Wh)の場合
| シナリオ | 1日消費電力量 | 自給可能日数 |
|---|
| 通常時 | 2.73 kWh | 0.3日(約7時間) |
| 節電時 | 2.2 kWh | 0.36日(約9時間) |
| 緊急時 | 0.7 kWh | 1.14日(約27時間) |
重要な気づき:1000Wh級ポータブル電源1台では、通常時の家庭負荷を想定すると、わずか数時間しか持ちません。防災電源の設計には、負荷の大幅な削減が不可欠です。
第4章:太陽光パネルとの組み合わせ
4-1. 太陽光発電の実測値
折り畳み太陽光パネル(100W~200Wクラス)の実測発電量は、季節・天候で大きく変動します:
| パネル出力 | 晴天(春夏) | 曇天(春夏) | 晴天(冬季) | 曇天(冬季) |
|---|
| 100W | 300-400Wh | 80-120Wh | 200-280Wh | 40-80Wh |
| 200W | 600-800Wh | 150-250Wh | 400-560Wh | 80-160Wh |
重要なポイント:
- 定格出力の30~80%程度が実測値
- 冬季・曇天時は大幅に低下
- 防災計画は曇天冬季の最低値基準で立てるべき
4-2. 太陽光併用時の自給日数
太陽光発電がある場合、エネルギーバランスは以下のように変わります:
$$N_{\text{days}} = \frac{C_{\text{eff}}}{E_{\text{day}} - E_{\text{PV,day}}}$$
ここで $E_{\text{PV,day}}$ は1日あたりの発電量です。
具体例:200Wパネル+1000Whポータブル電源(実効容量800Wh)の場合
| シナリオ | 1日消費 | 1日発電 | 実質赤字 | 自給日数 |
|---|
| 晴天(春夏) | 0.7kWh | 0.7kWh | 0kWh | 無限 |
| 平均(春夏) | 0.7kWh | 0.4kWh | 0.3kWh | 2.7日 |
| 曇天(冬季) | 0.7kWh | 0.1kWh | 0.6kWh | 1.3日 |
設計のポイント:
- 消費電力を緊急時レベル(0.7 kWh/日)に絞ることで、太陽光併用で1週間以上の自給が現実的
- 晴天が続けば、理論上は半永久的な自給が可能
4-3. 実装上の注意点
太陽光パネルの実装には、以下の工夫が必要です:
パネルの設置角度:
- 南向き30~40度が標準
- 季節ごとに角度調整すると発電量が向上
部分影の影響:
- パネルの一部が影に入ると、効率が50%以上低下することがある
- 設置場所の選定が重要
充電コントローラ:
- MPPT(Maximum Power Point Tracking)方式が効率的
- PWM方式より10~20%発電量が多い
ケーブル選定:
- 非純正ケーブルを使うと電圧ロスが増加
- 専用ケーブル使用を推奨
第5章:現実的な防災インフラ設計事例
5-1. 個人レベル(1人用)
構成:
- ポータブル電源:500~1000Wh
- 太陽光パネル:50~100W
- 優先機器:スマートフォン、ラジオ、LED照明
1日消費電力量:
- スマートフォン充電:0.05 kWh
- ラジオ(5W×4時間):0.02 kWh
- LED照明(5W×6時間):0.03 kWh
- 合計:0.1 kWh/日
自給可能日数:
- 500Wh機(実効400Wh):4日
- 太陽光併用(晴天時100W相当発電):理論上無限
メリット:
- 軽量・携帯性に優れる
- コスト安価(5~10万円程度)
- 避難時に持ち運び可能
5-2. 世帯レベル(4人家族)
構成:
- ポータブル電源:2000~3000Wh
- 家庭用蓄電池:5kWh(既に導入済みの場合)
- 太陽光パネル:200~400W
1日消費電力量(緊急時モード):
- スマートフォン×4台:0.12 kWh
- ルーター+ONU:0.4 kWh
- LED照明:0.15 kWh
- 電気毛布:0.5 kWh
- 合計:1.17 kWh/日
自給可能日数:
- ポータブル電源のみ:2~3日
- 太陽光併用(平均発電0.3kWh/日):5~7日
- 家庭用蓄電池併用:10日以上
メリット:
- 家族全員の基本的なニーズを満たす
- 情報取得・通信を継続可能
- 冷蔵庫の短時間運転も可能
5-3. 地方拠点レベル(自治会館など)
構成:
- 家庭用蓄電池:10kWh以上
- 太陽光パネル:1kW以上
- 可視化・制御システム
1日消費電力量(避難所運営):
- 照明・通信・情報設備:2~3 kWh/日
- 給水ポンプ:0.5 kWh/日
- 調理設備:1~2 kWh/日
- 合計:3.5~5.5 kWh/日
自給可能日数:
第6章:計算ツールと実装方法
6-1. Pythonスクリプトでの簡易計算
以下は、負荷プロファイルから自給日数を計算する最小限のスクリプト例です:
# 1日の負荷プロファイル(時間別、Wh単位)
hourly_load = [
50, 50, 50, 50, 50, 50, # 0-6時(基本負荷:ルーター等)
80, 80, 100, 100, 100, 100, # 6-12時(朝食、活動開始)
100, 100, 100, 80, 80, 80, # 12-18時(昼間活動)
100, 100, 100, 100, 80, 80, # 18-24時(夜間、暖房追加)
]
# 1日総消費電力量(Wh)
daily_load_wh = sum(hourly_load)
daily_load_kwh = daily_load_wh / 1000
# バッテリーパラメータ
battery_nominal_wh = 1000 # カタログ容量
efficiency_factor = 0.8 # 実効係数
battery_effective_wh = battery_nominal_wh * efficiency_factor
# 自給可能日数(太陽光なし)
days_no_pv = battery_effective_wh / daily_load_wh
# 太陽光パラメータ
pv_daily_generation_wh = 300 # 1日の発電量(Wh)
daily_deficit_wh = daily_load_wh - pv_daily_generation_wh
# 自給可能日数(太陽光あり)
if daily_deficit_wh > 0:
days_with_pv = battery_effective_wh / daily_deficit_wh
else:
days_with_pv = float('inf')
print(f"1日総消費電力量: {daily_load_kwh:.2f} kWh")
print(f"実効バッテリー容量: {battery_effective_wh:.0f} Wh")
print(f"自給可能日数(太陽光なし): {days_no_pv:.1f}日")
print(f"自給可能日数(太陽光あり): {days_with_pv:.1f}日")
出力例:
1日総消費電力量: 1.95 kWh
実効バッテリー容量: 800 Wh
自給可能日数(太陽光なし): 0.41日
自給可能日数(太陽光あり): 2.67日
6-2. Excelでのプロファイル管理
実務的には、Excelで時間別・機器別のマトリックスを作成するのが効果的です:
テンプレート構造:
- A列:時刻(0:00~23:00)
- B列:ルーター消費電力(W)
- C列:照明消費電力(W)
- D列:その他機器(W)
- E列:時間合計(W)
- F列:1時間消費電力量(Wh)
各行で時刻ごとの合計を計算し、F列の合計が1日の総消費電力量になります。
6-3. スマートメーターデータの活用
実測データがある場合は、スマートメーターのデータをCSVで取得し、分析することが最も正確です:
手順:
- 電力会社のWebサービスからCSVをダウンロード
- Pythonやエクセルで時間別に集計
- 平日・休日・季節別に分類
- 防災時のシナリオに合わせて負荷を削減
第7章:地震後の通信環境と電源設計の関係
7-1. 過去の大地震における通信の復旧パターン
地震直後の通信インフラの状況は、防災電源設計に直結する重要な前提条件です:
東日本大震災(2011):
- 発災直後~数日:音声通話はほぼ不可(輻輳・規制)
- 数日~1週間:データ通信は部分的に復旧
- 沿岸部の津波被災地:数週間~数か月、基地局の物理的喪失で不通
熊本地震(2016):
- 発災直後~24時間:通話規制で「つながりにくい」
- 3日程度:都市部は概ね復旧
- 山間部:数日~1週間、不安定
北海道胆振東部地震(2018)ブラックアウト:
- 広域停電により、基地局バッテリー枯渇で段階的にサービス停止
- 燃料補給のロジスティクスがボトルネック
- 一部エリアで数日単位の不通
7-2. 防災電源設計への含意
これらの事例から、以下のことが分かります:
通信の期待値を下げるべき:
- 発災直後~3日間は、音声通話はほぼ使えないと想定
- データ通信も不安定
- テキストベース(SMS、メッセージ)が最も信頼性が高い
通信インフラの電源維持が重要:
- ルーター+ONU(0.4 kWh/日)の24時間稼働により、ローカルWi‑Fi経由のメッセージングが可能
- 衛星通信や簡易無線など、複数の通信手段があると有利
情報取得の多重化:
- インターネット接続がなくても、ラジオ・アマチュア無線で情報取得可能
- オフライン地図・マニュアルの事前保存が重要
第8章:優先度別負荷マトリックスの実装
8-1. 優先度レベルの詳細定義
より実践的な優先度レベルの定義を示します:
レベル1(絶対優先・生命維持):
- スマートフォン充電(緊急通信用)
- ルーター+ONU(情報取得)
- 最小限の照明(転倒防止)
- 電動医療機器(在宅医療の場合)
レベル2(高優先・衛生・基本生活):
- 暖房・体温維持(冬季は生命維持に相当)
- 調理・飲料水(電気ポット、ポンプ)
- 冷蔵庫(食料保存)
レベル3(中優先・情報・生産性):
- ノートPC(情報取得、連絡)
- テレビ・ラジオ(情報取得)
- 洗濯機(衛生維持)
レベル4(低優先・快適性):
- エアコン・暖房の快適性向上部分
- 掃除機などの家事機器
- エンターテイメント
8-2. 優先度別の負荷削減シナリオ
同じ家庭で、複数のシナリオを事前に計算しておくことが重要です:
シナリオA(初期段階:0~24時間):
- 全機器稼働(通常時と同じ)
- 1日消費:2.73 kWh
シナリオB(短期(1~3日):
- レベル1+2のみ稼働
- 冷蔵庫は開閉最小化
- ノートPC使用時間短縮
- 1日消費:1.5 kWh
シナリオC(中期(4~7日)):
- レベル1のみ稼働
- 最小限の暖房
- 調理は電気ポットのみ
- 1日消費:0.9 kWh
シナリオD(長期(8日以上)):
- 生命維持に必須の機器のみ
- スマートフォン充電、最小照明、体温維持
- 1日消費:0.5 kWh
8-3. BMS(Battery Management System)による自動負荷制御
実装例として、ホームエネルギー管理システム(HEMS)やNode-REDなどで、バッテリーSOC(充電状態)に応じた自動負荷遮断が可能です:
SOC > 80% → 全機器稼働(シナリオA)
SOC 50~80% → レベル1+2(シナリオB)
SOC 20~50% → レベル1のみ(シナリオC)
SOC < 20% → 緊急機器のみ(シナリオD)
この仕組みにより、人間の判断に依存せず、機械的に優先度に基づいた負荷制御が実現できます。
第9章:冬季・寒冷地での特別な考慮
9-1. 暖房負荷の現実
地方の冬季停電では、暖房が「快適性」ではなく「生命維持」に直結します。
エアコン暖房の問題点:
- 定格消費電力:400~900W
- 実効消費:1~2 kWh/日が最小限
- ポータブル電源では継続運用が困難
現実的な選択肢:
| 方式 | 消費電力 | 1日消費量 | 実用性 |
|---|
| 電気毛布 | 60W | 0.48kWh | ◎ |
| こたつ | 30~40W平均 | 0.25kWh | ◎ |
| 電気ストーブ | 600~1200W | 3~5kWh | ✗ |
| 燃焼式ヒーター | - | 0 | ◎(ガス別途) |
9-2. 冬季の太陽光発電の現実
冬季の発電量は夏季の30~40%程度に低下します:
- 晴天時:100Wパネルで200~280Wh/日
- 曇天時:100Wパネルで40~80Wh/日
- 雪が積もると:さらに大幅低下
設計上の対応:
- 冬季を基準に容量を決める
- 太陽光の補助的役割と位置づける
- 燃焼式暖房の併用を検討
9-3. バッテリー容量の温度依存性
リチウムイオン電池は、低温下で有効容量が低下します:
- 0℃以下:容量が20~30%低下することがある
- 防災計画:冬季は「公称容量の60~70%」を実効容量と見積もる
設計例:
- 1000Whポータブル電源
- 冬季実効容量:1000 × 0.7 × 0.65 ≒ 455Wh(通常の45%程度)
第10章:実装上の落とし穴と対策
10-1. よくある失敗パターン
失敗1:ピーク電力の見落とし
- 消費電力量(kWh/日)は十分でも、瞬間的なピーク(W)がインバータ容量を超えることがある
- 例:電子レンジ(1000W)起動時に、インバータ(1500W定格)が落ちるケース
- 対策:ピーク電力に2~3倍の余裕を持たせたインバータを選定
失敗2:待機電力の無視
- 家電の待機電力は1台あたり1~5W程度だが、複数台で合計10~20Wになることがある
- 24時間稼働で0.24~0.48 kWh/日のロス
- 対策:不要な機器のプラグを抜く、またはスマートコンセントで制御
失敗3:温度・経年劣化の考慮不足
- バッテリーは経年で容量が低下する(年1~2%程度)
- 5年後には初期容量の90~95%程度に
- 対策:設計時に80~90%の劣化マージンを見込む
失敗4:シミュレーションと実測のギャップ
- 計算上3日持つはずが、実際には1.5日で枯渇することがある
- 原因:負荷の見積もり誤差、ピーク使用時の想定外、バッテリー特性の個体差
- 対策:実際の停電経験(小規模な停電テスト)で検証
10-2. 検証・テストの方法
実験的検証:
- 計画した負荷プロファイルで実際に動作させる
- スマートメーター或いは電力計で実消費を記録
- バッテリーSOCの低下速度を確認
- シミュレーション値との乖離を定量化
段階的な改善:
- 初年度:ポータブル電源のみで検証
- 2年目:太陽光パネルを追加
- 3年目以降:家庭用蓄電池の導入検討
第11章:地方在宅避難の現実的な設計例
11-1. 想定シナリオ
地方の4人家族、冬季の広域停電、ライフライン(水道・ガス)も停止という最悪ケースを想定します。
保有設備:
- ポータブル電源2000Wh × 1台(実効1600Wh)
- 折り畳み太陽光パネル200W
- 既存の家庭用蓄電池5kWh(残量80%で4000Wh)
合計有効蓄電量:5.6kWh
11-2. 優先度別負荷の詳細
レベル1(絶対優先):
- スマートフォン×4台充電:0.12 kWh/日
- ルーター+ONU:0.4 kWh/日
- LED照明(局所):0.1 kWh/日
- 合計:0.62 kWh/日
レベル2(高優先):
- 電気毛布(8時間):0.48 kWh/日
- 電気ポット(調理・飲料水):0.5 kWh/日
- 井戸ポンプ(30分運転):0.1 kWh/日
- 合計:1.08 kWh/日
レベル3(中優先):
- ノートPC(4時間):0.2 kWh/日
- 冷蔵庫(開閉最小化):0.3 kWh/日
- 合計:0.5 kWh/日
シナリオ別消費電力:
- シナリオA(全稼働):2.2 kWh/日
- シナリオB(1+2):1.7 kWh/日
- シナリオC(1のみ):0.62 kWh/日
11-3. 時間軸での自給可能期間
太陽光併用で、冬季曇天連続を想定:
| 日数 | シナリオ | 蓄電量 | 発電量 | 消費量 | 残量 | 備考 |
|---|
| 1日目 | B | 5.6kWh | 0.2kWh | 1.7kWh | 4.1kWh | 初期満充電 |
| 2日目 | B | 4.1kWh | 0.2kWh | 1.7kWh | 2.6kWh | 通常通り |
| 3日目 | B→C | 2.6kWh | 0.2kWh | 1.7kWh | 1.1kWh | 負荷削減開始 |
| 4日目 | C | 1.1kWh | 0.2kWh | 0.62kWh | 0.68kWh | 生命維持のみ |
| 5日目 | C | 0.68kWh | 0.2kWh | 0.62kWh | 0.26kWh | 危機的 |
| 6日目以降 | 停止 | - | - | - | - | 外部支援待ち |
結論:
- 優先度を柔軟に変更することで、5~6日程度の自給が可能
- 晴天が続けば、さらに延長可能
- 通信インフラ(ルーター)を維持することで、外部からの支援情報取得が可能
まとめ:理性的な防災電源設計へ向けて
重要なポイントの整理
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「何日自給できるか」は感覚ではなく、計算から決める
- 実効容量と実測負荷から、定量的に自給日数を算出
- カタログ値の70~80%を実効容量の目安に
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負荷の優先度化が鍵
- 通信・照明・体温維持に絞ると、0.5~1.5 kWh/日で実現可能
- 優先度別シナリオを事前に複数用意
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太陽光パネルは「保険」と位置づける
- 晴天なら理論上無限の自給が可能
- 曇天・冬季は大幅に低下することを前提に設計
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個人単位の分散電源がレジリエンスを高める
- 世帯全体の大容量電源より、各人が小さな電源を持つ方が有利
- 避難時の携帯性、故障時の対応が柔軟
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実装後の検証が重要
- 小規模な停電テストで、計算値と実測値の乖離を確認
- 段階的な改善により、信頼性を高める
最後に
地震による停電は、いつ来るか分かりません。しかし、事前に「何日自給できるか」を理性的に判断しておくことで、実際の災害時に冷静に対応できるようになります。
本記事で示した計算方法は、特に複雑な数学を必要としません。むしろ、「自分たちの家では、本当に何が必要か」を丁寧に考え、機器の消費電力と使用時間を掛け合わせるだけです。
エンジニアとして、感覚的な判断ではなく、データに基づいた設計思想を防災インフラにも適用する。それが、自分たちと地域の生存性を高める第一歩なのです。