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IT交流会共同体エンジニア

【岩手×東京】エンジニア交流会で見えた世代間ギャップの本質:技術受容の違いは年齢ではなく『共同体』の性質だった

👤 いわぶち 📅 2025-12-08T12:40:13 ⭐ 4.5点 ⏱️ 15m

📌 1分で分かる記事要約

  • 世代間ギャップの本質は「年齢」ではなく「所属する共同体の性質」に起因している
  • 技術受容の差は、各共同体が優先する価値観(安定性 vs スピード、長期信頼 vs 短期成果)に基づいている
  • 地域(岩手 vs 東京)、企業規模、業界、職種による「共同体」の違いが、同じ技術に対する態度を大きく左右する
  • 読者層別に異なる共感ポイントを理解し、トークを切り替えることで、より効果的なコミュニケーションが実現できる
  • 「違いを対立」と捉えるのではなく「補完関係」として設計し直すことで、世代を超えた協働が可能になる

はじめに:交流会で感じた違和感

岩手と東京で開催されたエンジニア交流会。参加者たちの会話を聞いていると、明らかな「ズレ」が感じられました。

生成AIの導入について、岩手のエンジニアが「仕組みをちゃんと理解してから使わないと、障害のときに対応できない」と述べていたのに対し、東京のエンジニアは「まず試してみて、うまくいったら採用する」と返す。

新しいフレームワークの採用について、岩手側は「既存システムとの互換性を確認してから」と慎重に、東京側は「新規プロジェクトなら最新技術を選ぶのが当然」と進める。

リモートワークの働き方について、岩手側は「地域の定時帰宅文化を尊重したい」と語り、東京側は「柔軟な働き方こそが個人の成長につながる」と主張する。

一見すると「年の差」に見えるこの違和感。しかし、よく観察してみると、その本質は全く別のところにありました。


観察されたギャップの具体例:同じ技術、異なる受け止め方

交流会で実際に観察された、技術受容の違いを整理してみましょう。

生成AIツールの導入をめぐる対比

岩手側(地方中小企業・SIer背景)のエンジニアの発言パターン:

  • 「ChatGPTで出てきたコードって、本当に大丈夫なのか疑問」
  • 「何が起きているか理解できないまま使うのは怖い」
  • 「顧客説明書に『AI生成コード』と書けないし」
  • 「一度は自分の手で書いてみてから、自動化を考える」

東京側(スタートアップ・Web系背景)のエンジニアの発言パターン:

  • 「Copilotで補完されたコードはそのまま使う。バグったら直す」
  • 「プロトタイプを高速で作ることが重要」
  • 「技術の詳細より、ビジネス価値の方が大事」
  • 「AIツールは生産性の武器。使わない方が損」

一見すると「年配は新技術に弱い、若手は積極的」という図式に見えます。しかし、参加者の年齢層を詳しく聞いてみると、この説明は成立しません。

岩手側にも20代のエンジニアがいます。東京側にも40代で積極的にAIを活用している人がいます。そして、その態度の差は、年齢ではなく「どんな環境で仕事をしてきたか」という背景によって説明されるのです。

クラウド移行をめぐる対比

岩手側の発言:

  • 「オンプレミスから移行するリスクが大きい」
  • 「障害時に責任の所在が不明確になる」
  • 「既存の運用ノウハウが活かせない」

東京側の発言:

  • 「今からオンプレは選ばない。スケーラビリティの自由度が違う」
  • 「クラウドなら採用も容易だし、技術トレンドに追いやすい」
  • 「インフラ運用の人数を削減できる」

学習スタイルの違い

岩手側:

  • 「勉強会が近くにない。社内OJTが中心」
  • 「先輩から直接教わることが重要」
  • 「ドメイン知識を深く理解することを重視」

東京側:

  • 「毎週いろんな勉強会がある。どれを選ぶか迷うくらい」
  • 「オンラインコミュニティで自分の専門性を高める」
  • 「新しい技術トレンドにすぐキャッチアップできる環境」

これらの違いを見ていると、ある共通パターンが浮かび上がってきます。


「世代」ではなく「共同体」の違いとして再整理

ここで発想を転換してみましょう。

「年齢」という軸で分類するのではなく、「どの共同体に属しているか」という軸で分類すると、すべてが一貫性を持って説明できます。

共同体の軸の例

1. 地理的共同体:岩手(地方)vs 東京(都市)

岩手の共同体の特性:

  • 物理的に近い勉強会やコミュニティが限定的
  • 長期的な人間関係と信頼が基盤
  • 顧客や地域との直接的なつながりが強い
  • 障害や失敗の影響が「地域全体」に波及しやすい
  • 人材流出への危機感が常にある

東京の共同体の特性:

  • オンライン・オフラインの勉強会や交流機会が豊富
  • 短期的なプロジェクトベースのネットワーク
  • グローバルな技術トレンドに即座にアクセス可能
  • 市場競争が激しく、スピード重視の文化
  • 人材の流動性が高く、個人のスキルが評価される

2. 企業フェーズ別共同体:大企業・SIer vs スタートアップ

大企業・SIer系の共同体:

  • 意思決定プロセスが複雑で時間がかかる
  • 既存システムとの互換性が重要な制約条件
  • 顧客への説明責任が厳しく問われる
  • 長期運用・保守を前提とした設計思想
  • 暗黙知や経験則が評価される

スタートアップ系の共同体:

  • 意思決定が高速で、試行錯誤を重視
  • 新規プロジェクトであれば、最新技術の選定が容易
  • ユーザーフィードバックの速度が重要
  • MVP(最小限の機能)から始める思想
  • データドリブンな判断が評価される

3. 職業的アイデンティティの共同体:職人型 vs プロダクト志向型

職人型のアイデンティティ:

  • 「自分の手でコードを書く」ことに価値を感じる
  • 低レイヤーの理解や仕組みの把握を重視
  • 「何が起きているか理解できない」ことへの強い違和感
  • 責任と品質へのこだわり

プロダクト志向型のアイデンティティ:

  • 「ビジネス課題の解決」を最優先
  • ツールやフレームワークは手段に過ぎない
  • 高速な仮説検証とイテレーション
  • 市場での競争優位性の獲得

なぜこの分類が重要なのか

これらの共同体に属する人は、同じ技術に対して、異なる「評価基準」を適用します。

たとえば、生成AIコードの導入について:

  • 岩手のSIer共同体は、「説明可能性」「既存システムとの互換性」「顧客対応」を最優先とするため、「理解できないコードは使えない」という結論に至ります。
  • 東京のスタートアップ共同体は、「市場到達速度」「イテレーション回数」「ユーザー価値」を最優先とするため、「動いたらまずOK、改善は後付け」という結論に至ります。

どちらが正しいわけではなく、各共同体の前提条件と優先順位が異なるだけなのです。


読者層別トークの切り替えパターン:同じテーマを複数の視点から語る

ここまでの分析を踏まえて、実務で使える「トークの切り替え方」を整理します。

読者の立場によって、同じテーマに対する「刺さり方」が異なります。効果的なコミュニケーションのためには、相手の共同体を素早く見立て、その共同体が重視する価値観に合わせて言い換える必要があります。

テーマ例:生成AIの導入

若手エンジニア向け(東京・スタートアップ背景)

相手が重視する価値観:

  • スキルの伸びしろ
  • 市場価値の向上
  • 心理的安全性と成長実感
  • 自分のキャリアの選択肢の広がり

効果的なトーク:

「生成AIを使えると、ジュニアのうちから上流の設計や検証に時間を割けるようになります。5年後に『AI前提のシステム設計』ができる人材として、市場価値が大きく上がります。また、オンラインコミュニティでプロンプトやワークフローを共有し合うと、1人で学ぶより成長スピードが3倍速くなる傾向があります。」

避けるべき表現:

  • 「会社の生産性が上がるから」(個人の成長に結びついていない)
  • 「みんな使ってるから」(ピアプレッシャーに見える)

中堅・マネージャー層向け(東京・大企業背景)

相手が重視する価値観:

  • チームの成果へのインパクト
  • 若手育成と技術継承
  • 組織全体の生産性
  • 人材パイプラインの維持

効果的なトーク:

「AIツールの導入は、ジュニアのタスク代替という課題をもたらします。同時に、AIが定型作業を担当することで、ジュニアが上流工程や複雑な設計に早期に関わる機会が増えます。ここで重要なのは『育成設計の見直し』です。AIの時代だからこそ、シニアが暗黙知をいかに言語化・体系化して次世代に渡すかが、チームの長期的な競争力を左右します。」

避けるべき表現:

  • 「新しい技術だから導入しよう」(組織への貢献が不明確)
  • 「若手が覚えるべき技術」(育成との関連性が薄い)

地方の若手エンジニア向け(岩手背景)

相手が重視する価値観:

  • 地元にいながら外の技術に接触する道
  • 「東京に出るか、地元に残るか」の二択ではない選択肢
  • 地域課題への技術活用
  • 複数拠点的なキャリアの可能性

効果的なトーク:

「東京の勉強会に毎回行けなくても、DiscordやGitHubで同じ技術共同体に入れます。実際に、岩手に住みながら東京のスタートアップ案件にリモートで関わるエンジニアが増えています。また、地方の強みは『長期的な信頼関係とドメイン知識』です。農業、観光、防災といった地域課題にAIを掛け合わせると、東京とは違う価値が出せます。」

避けるべき表現:

  • 「最新技術に触れたかったら、東京に出るしかない」(二択に見える)
  • 「地方は遅れている」(地域の価値を否定)

地方の中堅・マネジメント層向け(岩手背景)

相手が重視する価値観:

  • 事業継続と人材確保
  • 若手の流出対策
  • 限られた人員での生産性向上
  • 地域との共生

効果的なトーク:

「若手が東京のコミュニティに出ることは『離職リスク』ではなく『学習投資』として捉え直せます。月1回、東京で学んだ知見を社内で共有する『技術シェア会』を設計すれば、若手の成長と組織への還元が両立します。また、AIやクラウドの導入は『少人数でも事業を回し続けるための生産性レバー』として機能します。段階的なPoC(概念実証)から始めることで、既存業務への影響を最小化できます。」

避けるべき表現:

  • 「うちで育てた若手がみんな東京に行ってしまう」(被害者意識に見える)
  • 「技術は若手に任せればいい」(マネジメント層の関与を放棄している)

テーマ例:リモートワークの推進

若手向け

効果的なトーク:

「リモートワークなら、通勤時間を学習や個人プロジェクトに充てられます。また、地理的制約がなくなるので、自分の興味に合った案件を選べる自由度が高まります。」

中堅向け

効果的なトーク:

「リモートワークの導入で、チームメンバーが分散しても、非同期コミュニケーションの設計次第で生産性は維持できます。むしろ、ドキュメント文化が強化され、暗黙知の言語化につながります。」

地方マネジメント向け

効果的なトーク:

「リモートワークにより、地方の優秀な人材が東京の案件に関わる道が開けます。同時に、東京の人材が地方の地域課題に参加することも可能になり、相互補完的なネットワークが形成されます。」


実務で使える「場に応じたトーク設計」の手順

ここからは、実際の交流会やミーティングで、相手に応じてトークを切り替えるための、実践的なステップを解説します。

ステップ1:相手の「共同体属性」を素早く見立てる

まず、相手がどの共同体に属しているかを、短時間で把握する必要があります。以下の質問例を活用してください。

地理的共同体を見立てる質問:

  • 「普段、どこを拠点に仕事をされていますか?」
  • 「地元の技術コミュニティに参加されていますか?」

企業フェーズを見立てる質問:

  • 「現在の職場の規模や業種を教えてもらえますか?」
  • 「新しい技術の導入は、どのくらいのスピード感で進みますか?」

職業的アイデンティティを見立てる質問:

  • 「エンジニアとしてのキャリアで、何を大事にしていますか?」
  • 「技術選定のとき、何を最優先に考えますか?」

ステップ2:その共同体が今いちばん気にしていそう「KPI」を仮定する

相手の共同体が見えたら、その共同体が何を「成功」と考えているかを想定します。

共同体主なKPI
若手エンジニアスキル向上、市場価値、心理的安全性
中堅・マネージャーチーム成果、育成、組織継続性
地方の若手キャリア選択肢、地域との共生
地方のマネジメント事業継続、人材確保、生産性
スタートアップスピード、PMF達成、資金調達

ステップ3:同じテーマを、そのKPIに結びつけて語り直す

同じ技術やアプローチについて、相手のKPIに合わせて「翻訳」します。

例:クラウドマイグレーション

  • 若手向け:「クラウドの運用経験は、市場で高く評価されるスキルです」
  • マネージャー向け:「クラウド化により、インフラ運用の自動化が進み、チームがビジネスロジックに集中できます」
  • 地方マネジメント向け:「段階的なクラウド導入で、既存人員の再配置と新規事業への投資を両立できます」

ステップ4:「恐れ・抵抗」を正面から言語化する

相手が感じている不安や懸念を、相手の口から聞き出す、あるいは先回りして言語化することが重要です。

若手が感じやすい恐れ:

  • 「AIに仕事を奪われるのでは?」
  • 「古い技術スタックに閉じ込められるのでは?」

シニアが感じやすい恐れ:

  • 「今までのやり方が通用しなくなるのでは?」
  • 「自分の経験が無価値になるのでは?」

地方が感じやすい恐れ:

  • 「東京に仕事と人材を持っていかれるのでは?」
  • 「地域経済が衰退するのでは?」

これらの恐れに対して、正面から向き合う言葉を用意することが、信頼構築の第一歩です。

ステップ5:「小さく試す一歩」を共同体別に提示する

最後に、相手が実際に行動に移しやすい「小さな実験」を提案します。

若手向け:

「まずは自分のタスクの一部をAIにやらせて、空いた時間で設計レビューに参加してみてください。その経験をブログに書けば、ポートフォリオにもなります。」

中堅向け:

「チームの1スプリントだけ、AI活用前提のタスク設計をしてみませんか?その中で見えた課題が、チーム全体への導入の鍵になります。」

地方マネジメント向け:

「1プロセスだけを対象にしたAI・クラウドのPoC(概念実証)を、外部パートナーと組んで実施してみてください。成功パターンが見えたら、他のプロセスに展開できます。」

スタートアップ向け:

「技術選定の議論に、地方のドメインエキスパートを1人入れてみてください。制約条件の中での設計は、プロダクトの耐久性を高めるトレーニングになります。」


共同体の性質を理解するための学術的背景

ここまでの分析の背景には、複数の学術フレームワークがあります。これらを理解することで、より深く「共同体と技術受容」の関係を把握できます。

実践共同体(Communities of Practice)

Wenger が提唱した概念で、「同じ関心・課題・仕事を共有し、『一緒にやること』を通じて知識やアイデンティティを形成する共同体」を指します。

技術受容への含意:

新技術は「個人が良さそうだから使う」のではなく、その共同体の実践・規範・評価基準にフィットするかどうかで採用が決まります。

たとえば、東京のスタートアップ共同体では:

  • プラクティス(実践):アジャイル開発、GitHub、CI/CD、AIコーディング支援
  • 規範:スピードと実験、プロダクトアウトカム重視
  • 評価基準:市場到達速度、ユーザー価値

一方、岩手のSIer共同体では:

  • プラクティス:ウォーターフォール、厳格なレビュー、ドキュメント文化
  • 規範:安全性・信頼性・既存手続きとの整合性
  • 評価基準:品質、説明責任、長期運用

同じAIツールでも、共同体のプラクティスにフィットするかどうかで、採用が大きく変わるのです。

職業的アイデンティティ

「自分はどんな専門家でありたいか」「良いエンジニアとは何か」という自己イメージ・価値観のセット。

典型的な対立構図:

  • 職人型アイデンティティ:自分の手でコードを書くこと、低レイヤーの理解、バグを潰す執念を重視 → AI支援に抵抗しやすい
  • プロダクト志向型アイデンティティ:ビジネス課題の解決やユーザー価値を重視 → AIツールを積極的に採用しやすい

同じ40代エンジニアでも、「職人だ」という共同体にいるか、「ビジネスパートナーだ」という共同体にいるかで、AI受容は大きく変わります。

技術受容モデル(TAM)と「共同体との互換性」

Davis の TAM では、技術受容を「知覚有用性」と「知覚容易性」で説明してきました。

しかし、その後の研究で、「組織・共同体との価値観の整合性(compatibility)」が、持続的な採用の鍵になることが強調されています。

  • 共同体が「その技術は、うちのやり方・価値観と相性が悪い」と判断すると、個人が「便利」と思っても広まらない
  • 逆に、共同体のキーパーソンが「これはうちの文化と相性がいい」と言語化すると、一気に採用が進む

つまり、個人説得よりも『共同体デザイン』の方が、技術受容を左右する重要な変数なのです。


年齢ギャップ仮説を否定する反例:同年代でも技術受容が異なる

ここで重要な指摘として、「年齢が同じでも技術受容に大きな差がある」という反例を示しておきましょう。これが、「年齢ではなく共同体」という仮説を強力に支持します。

若手層の二極化

2025年現在、若手エンジニアの間でも「AI/ノーコード/クラウドの積極活用派」と「従来の開発プロセスに留まる派」に明確な分かれが生じています。

若手A(25歳、東京スタートアップ):

  • Figma + AIコード補完(GitHub Copilot)+ ノーコードツール(AppSheet)でプロトタイピングを主導
  • 所属チームの特性:「Role Blending(役割の融合)」を推進、失敗を学習機会として捉える

若手B(26歳、地方SIer):

  • 「コードは手書きが基本」「ツールは補助」として、新しい開発スタイルに消極的
  • 所属チームの特性:「職能分業」が強く、ツール導入の意思決定が上層部に集中

年齢は同じ1歳差ですが、所属する共同体の性質が技術受容を大きく規定しています。

シニア層の多様性

40~50代でも、データから明らかな多様性が見られます。

  • AIコーディングを業務で活用しているシニア:約15%
  • 試したことがあるシニア:約22%
  • 合計で約4割のシニアが何らかの形でAIツールに接触している

一方で、「新技術は若手に任せる」として積極的に触れない層も存在します。

この差は「年齢」ではなく:

  • 所属するチームの文化(実験を許容するか)
  • 組織のDX推進度
  • 個人のキャリア設計(スペシャリスト志向 vs ジェネラリスト志向)

が技術受容を規定していることを示唆しています。

年代を超えた共通認識の事例:リバースメンタリング

逆に、年代を超えて共通認識を持つ事例もあります。

リバースメンタリング(Reverse Mentoring):

  • 若手が「デジタルツールの使い方」を中高年層に教える仕組み
  • 若手は「組織の文脈理解」を深め、上司は「意思決定のスピード」を向上させる
  • 結果として、年齢差ではなく「知見の差」を補完する共同体が形成される

「教え合うチーム」の実践:

  • 若手:AIツール、最新フレームワークの知識
  • シニア:オンプレミス時代の設計思想、トラブルシューティングの勘所
  • ペアを組んで「相互学習」を促進することで、AI導入の壁が低下し、チーム全体の心理的安全性が向上

ここでは「年齢」ではなく「経験の質」と「学ぶ意欲」が共通認識の基盤になっているのです。


共同体を跨いで技術受容を橋渡しする実践的アプローチ

ここまでの分析を踏まえて、実際に「異なる共同体を理解し、協働する」ための実践的な方法を提示します。

アプローチ1:「個人説得」ではなく「共同体デザイン」に焦点を当てる

よくある失敗パターン:

若手がプレゼンしてベテランを説得しようとするが、相手の共同体の規範に触れていないため、説得力がない。

有効なのは:

  • 共同体の中で信頼されているメンバー(ベテラン・リーダー)と一緒に、小さな共同実験プロジェクトを設計する
  • 成果だけでなく、「このツールを使っても我々の価値観(品質・責任・顧客信頼)は守られる」ことを確認する

具体例:

  • AI導入の是非を決める前に、「AI生成コードをレビューするプロセス」を一緒に設計する
  • クラウド移行を検討するとき、「既存の運用知識をいかに活かすか」を事前に言語化する

アプローチ2:「実践共同体をまたぐハイブリッド・メンバー」を活かす

東京と岩手、スタートアップとSIer、Web系と組み込み系など、複数の共同体にまたがる人は、片方の共同体の言葉を、もう片方の共同体の価値観に翻訳する「通訳」として機能します。

記事や交流会では、このハイブリッド・メンバーの視点を前面に出すと、理論と実感が結びつきやすくなります。

例:「東京のスタートアップ文化も知りつつ、岩手の企業で働くエンジニア」の発言

「東京では『とりあえず試す』が当たり前ですが、岩手の顧客対応を経験すると、『説明責任』の重さが痛感できます。その両方を知ると、『試す』と『説明可能』の両立ポイントが見えてきます。」

アプローチ3:新技術を「既存の共同体価値」に紐づけて語る

よくある失敗:

  • ×「AI使えば楽できますよ」(個人的な利便性に焦点)

有効な言い方:

  • ○「AIを使うと、既存の厳格なレビュー基準を守りつつ、テストケース設計の時間を短縮できます。だから、むしろ品質と納期を両立しやすくなります。」(共同体の価値観に結びつけている)

アプローチ4:共通言語の整備

チーム内に「用語集」や「設計思想ガイド」を共有することで、異なる共同体背景のメンバーが同じ土俵で議論できるようになります。

例:システム設計ガイドライン

# システム設計ガイドライン

## クラウドネイティブ
- 定義:コンテナ(Docker)+ オーケストレーション(Kubernetes)+ IaC(Terraform)
- 従来のオンプレミス設計との違い:スケーラビリティ、自動スケーリング、マネージドサービスの活用
- 導入時の検討点:既存システムとの互換性、運用スキルの習得、コスト構造の変化

## AIコーディング補完
- 定義:GitHub Copilot / Cursor などのAIアシスタントツール
- 使用ルール:補完結果の検証責任は開発者にある
- レビュー時の確認項目:セキュリティリスク、既存コード規約との整合性、パフォーマンスへの影響

## 説明責任(Explainability)
- 定義:顧客・ステークホルダーに対して、システムの動作・判断を説明できる状態
- 重要性:特に公共系・金融系システムでは法的要件となる
- 実装時の工夫:ログ出力、監視項目の設定、ドキュメント作成

アプローチ5:全世代参加型の学習機会

週1回の「技術共有会」を設け、異なる共同体背景のメンバーが知見を交換する。

形式:

  • 30分LT(ライトニングトーク)+ 30分ディスカッション
  • 若手:新ツールのデモ、最新トレンド
  • シニア:過去の設計失敗事例と教訓、ドメイン知識
  • 資料は全員が編集可能なWikiに蓄積

地方と都市の「共同体」が持つそれぞれの強み

ここで重要な視点として、両者の強みを明示しておきましょう。

岩手(地方)の共同体が持つ強み

  • 長期的な信頼関係と顧客理解:複数年にわたって同じ顧客と関わることで、表層的なニーズではなく本質的な課題を理解できる
  • ドメイン知識の蓄積:農業、観光、防災など、地域固有の課題への深い理解
  • 責任感と品質志向:「地域全体への影響」を意識した、高い品質基準
  • 安定性と継続性:長期運用を前提とした、堅牢な設計思想

東京(都市)の共同体が持つ強み

  • スピードと実験文化:市場変化への高速対応、失敗を学習機会として捉える柔軟性
  • 多様なネットワークと情報アクセス:最新技術トレンド、グローバルな知見への即座なアクセス
  • 個人の成長機会:多くのプロジェクト、複数企業での経験を通じたスキル形成
  • イノベーション志向:既存の枠を超えた、新しい価値創造への意欲

これらは「優劣」ではなく「異なる最適化」なのです。


交流会を通じた「共同体理解」の実践設計

最後に、実際の交流会やコミュニティイベントで、「共同体の違いを理解し、相互補完する」ための設計を示します。

交流会の設計フレームワーク

フェーズ1:参加者の共同体属性を可視化する

参加者に事前アンケートで以下を聞き、グルーピングの際の参考にします。

  • 所属企業の規模・業種
  • 地域(岩手 / 東京 / その他)
  • 現在のキャリアステージ
  • 「良いエンジニア像」として大事にしていることTop 3

フェーズ2:「技術選定の価値観」を可視化するワークショップ

テーマ:「あなたの組織で新しい技術を『採用する/しない』の判断基準は?」

活動内容:

  • 参加者を共同体別にグループ分け(岩手の若手、東京の若手、地方のマネージャーなど)
  • 各グループで「技術採用の5つの価値軸」(安定性、スピード、コスト、学習コスト、顧客影響)をマトリクスに落とす
  • 各グループが自分たちのマトリクスを発表し、他グループと比較

期待される気づき:

  • 「うちの共同体は『安定性』を最優先にしているんだ」
  • 「東京側は『スピード』と『学習コスト』を重視しているんだ」
  • 「その違いは『年齢』ではなく『環境』なんだ」

フェーズ3:「ハイブリッド・メンバー」による翻訳セッション

複数の共同体を経験したメンバーが、「東京のやり方 × 岩手の価値観」をどう組み合わせるかを語る。

例:

「東京で学んだ『高速イテレーション』と、岩手で学んだ『顧客信頼の構築』を両立させるには、『スプリント内での実験』と『スプリント終了時の顧客説明』をセットで設計することが重要です。」

フェーズ4:「小さな共同実験プロジェクト」の設計

参加者が実際に協働するための、小さなプロジェクトを設計する。

例:地方課題 × 最新技術

  • テーマ:「岩手の農業課題をAI・クラウドで解決できるか」
  • チーム構成:岩手の農業知識を持つ人 + 東京のAI・クラウド技術者
  • 期間:3ヶ月のPoC
  • 成果物:プロトタイプ + 実装レポート(東京側が説明責任を果たすため)

この設計により:

  • 岩手側は「最新技術の実践的な理解」を得る
  • 東京側は「ドメイン知識とビジネス制約」を学ぶ
  • 両者は「相互補完的な関係」を体験できる

まとめ:「共同体の性質」を理解することの価値

岩手と東京のエンジニア交流会で観察された「世代間ギャップ」は、実は「共同体の性質の違い」だったというのが、本記事の主張です。

3つの重要な洞察

1. 年齢ではなく、所属する共同体が技術受容を規定する

同じ年代でも異なる共同体に属していれば、技術への態度は大きく異なります。逆に、年代を超えても同じ共同体に属していれば、共通の価値観を持つようになります。

2. 各共同体の価値観は「優劣」ではなく「最適化の方向が異なる」

岩手の「安定性・説明責任・長期信頼」重視も、東京の「スピード・実験・イノベーション」重視も、それぞれの環境下での合理的な選択です。どちらが「正しい」のではなく、文脈によって異なるのです。

3. 異なる共同体を理解することで、対立から補完へと転換できる

「年齢が違うから分かり合えない」ではなく、「共同体の前提が異なるから、その前提を理解した上で対話しよう」というアプローチに転換することで、より生産的な協働が可能になります。

実務への応用

この理解を実務に応用するには:

  1. 相手の共同体を素早く見立てる(地理、企業フェーズ、職業的アイデンティティ)
  2. その共同体の価値観を理解する(何をリスクと見なし、何を価値と見なすか)
  3. 同じテーマを複数の視点から語り直す(相手のKPIに合わせた言い換え)
  4. 小さな共同実験から始める(相互理解と信頼の構築)
  5. ハイブリッド・メンバーを活かす(複数の共同体を橋渡しする人材)

最後に

エンジニアのキャリアは、複数の共同体を経験することで深まります。岩手の安定志向を知り、東京のスピード感を経験し、スタートアップの実験文化を学び、大企業の組織設計を理解する。

そうした「複数の共同体を知る」経験こそが、真の技術力とコミュニケーション力を磨く最高の教材なのです。

「分かり合えない世代」ではなく「前提の違う共同体」だと捉えると、対話が設計しやすくなり、世代を超えた協働がより豊かになっていくのです。

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